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Raise your hand

工場内の敷地を歩いていると、向こうからひとりのお客さんがやってきた。
スーツを着ているから、どこかの営業さんだろう。

私の職場はその建屋にはないので面識があるはずもなく、そのまますれ違おうとした。

そのとき。
そのお客さんが、私に向かって右手を上げた。

(えっ…ワタシ、たぶんこの人のことは知らないはずだが…)

でも向こうはちょっとこちらに微笑みかけてるようにすら見えた。
つられて、私も彼と目を合わせてみた。

その状態が、おそらく2秒弱くらいだったかな。

向こうがちょっと困ったような表情をしているように見えた。
思わず私は「えっ?」と声が出てしまう。

「いや、あの…どうぞ」
「えっ、何ですか?」

どうぞと言われた理由がわからず、首をかしげる私。
しかし次の瞬間。

(あっ…そういうことだったのか…ちょっと恥ずかしいな)

苦笑いを浮かべつつ、そそくさとその場を通り過ぎていった、理由とは。

実は私のすぐ脇に、そのお客さんの車が止まっていて、後部トランクの扉が開けっ放し。
彼はそれを閉めようと思いながら近づいてきたので、上がったままのトランクの扉に手をかけるため右手を上げていたのである。

明らかに、私の一方的な勘違い―。
でも、その“未遂”だったらたまにあるなぁ、街中でも。

向こうからやってきた人が私を見つけて手を上げたように見えて一瞬誰だと目を凝らしてみようとしたら、ちょうど私の後ろのその待ち合わせしてたおめあての人がいることに気がつき、あわてて視線を元に戻そうとすること。

妙なしぐさを気づかれてしまったかと、今さらしても遅い心配をしている私(笑)。

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1945

きのうの昼休みに会社でネットサーフィンしてて、ちょっとびっくりでした。
意外と少なかったんだって。

> 社会生活でよく使う漢字の目安である常用漢字の見直しを進めている文化審議会の
> 漢字小委員会は28日、「岡」や「阪」「鹿」「熊」など都道府県名に使われている
> 11字を新たに常用漢字とする案を、親部会の国語分科会に報告し、了承された。
> 他に加わるのは「茨」「栃」「埼」「梨」「阜」「奈」「媛」。人名や地名など
> 固有名詞を構成する字は常用漢字に含まないのが原則だが、これらは広く使われ、
> 公共性が高いと判断した。
> 同審議会は2010年度中をめどに、現行の1945字から2000字程度まで増やした新しい
> 常用漢字表を制定する方針。
>
>>> 「岡」など11字、常用漢字に=「広く普及、公共性高い」-文化審議会案
>>> 2008/01/28配信 時事通信

私の地元の県名に含まれてる漢字も、入ってました。

で、気になったのが、自分の氏名の漢字に、常用漢字は何文字入ってるのか?

私の氏名は、漢字で5文字「○○○○○」。
4文字の方が多いですよね、だからこの時点で少数派ではありますね。

 [1] 苗字1文字+名前4文字 ⇒ ○ ○○○○
 [2] 苗字2文字+名前3文字 ⇒ ○○ ○○○
 [3] 苗字3文字+名前2文字 ⇒ ○○○ ○○
 [4] 苗字4文字+名前1文字 ⇒ ○○○○ ○

さてどのパターンでしょうか?、っていうクイズではないのでいいとして(笑)、検索してみたところ、5文字中2文字しかありませんでした。
あとの3つは違うのかぁ…どれも画数の多い漢字ではないはずなんですけどね。
うち1文字は、小学生の頃に習った記憶があります。

そうそう、小学生の頃はテストの答案とかの氏名をまだ教科書に出てこないのに、氏名に入ってる漢字は多少書き順が違ってて形がいびつでも書けるようになりたかったんですが、ちょっとキモチが背伸びしてたんでしょうね、きっと。
学校からの配布物にたまに押されてくる氏名印(←懐かしい…探せば実家にありそうだ)を見よう見まねで手を動かして、いつの間にか書けるようになったんじゃないかな。

ちなみに「オレの名前は画数が多いから不利なんだよぉ」と、テスト開始直前にしきりに訴えてた子って、ひとりくらいいたような気がする(笑)。

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雨の日限定

今夜はたぶん、みぞれだったような気がする…暗くてよくわからなかったんですが、降り方が雨じゃなさそうだなということくらいは認識できました。

さて私、雨の日になるとまったくもって深刻ではない悩みを抱えております。
どうも歩き方に問題があるのでしょうが、雨の中で歩いてると雨水をふくらはぎの後ろにはねてしまうようで(しかも毎回ではない)、今夜も帰り道に会社から最寄りの駅まで歩いてる6、7分の間でGパンがびしょぬれになってしまうのです。
しかもなぜかきょうは左足だけでした…う~ん、どうしてかな?

ただこれと関連して、他の人よりもかかとに力が入った状態で歩いてるということは、ここ数年でやっと自覚してきました。
明らかに、靴のかかとの部分のすり減り方が異常にはやいんですよね。
自分で窮屈な歩き方はしていないつもりですが…今から直すのは難しそうだなぁ。

昔テレビでこのお話を偶然観たことがありまして、そのときに知ったメカニズム(←大げさだ;笑)によれば、例えば左足のふくらはぎ後ろの部分にはねてしまう雨水は右足のかかとで巻き上げたものだと言っていました。

対策は、ちょっと内股“気味”に歩くといいとのことだったので、それを観てから少し意識するようになりましたが、でも経験上、いったん雨水をはねだすとそれからいくらがんばってもどんどんぬれていくことがわかりました…。

Gパンだったらまだいいのですが、スーツとかだと悲惨です。
だから出張の日はホント、天気予報がよくないとひとりで警戒してます。

…って、あさって東京じゃなかったっけ?

こういう、トリビアとみられてもおかしくないお悩みを抱えた方、いらっしゃいます?

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5年半ぶりの決戦

そんなにごぶさただったのか…横綱相星決戦って。

いつも聴いてるラジオのボリュームを、このときだけは絞ってNHKを観てました。

> 白鵬も、朝青龍も引かなかった。
> 今場所6度目の満員御礼となった場内で横綱が攻めの姿勢で1敗を死守。
> 横綱同士の千秋楽相星決戦が32場所ぶりに実現し、北の湖理事長(元横綱北の湖)は
> 「東西横綱がいる今場所の理想形」と評した。
> 先に土俵に上がった白鵬。
> 右四つから琴光喜を押し込みながら、巻きかえられてもろ差しを許す。
> 「危なかったが、すぐに投げたのがよかった」。
> 最後まで離さなかった右のまわしを命綱に、豪快な上手投げで仕留めた。
> 朝青龍は白星を見届けてから土俵に上がった。
> 左四つで魁皇を組み止め、右上手をがっちりつかむ。
> 「踏み込みが良かった。出足を止めて自分のペースで取れたよ」。
> 焦ることなくじりじりと前に出て力強く寄り切った。
> 両横綱の対戦成績は10勝5敗で朝青龍がリードしている。
> しかし、白鵬が力をつけてきた平成18年初場所以降は4勝4敗とがっぷり四つ。
> 唯一の横綱対決となっている昨年名古屋は朝青龍が勝ったが、北の湖理事長は
> 「勝負は五分五分で分からない」とみる。
> 土俵入りは不知火と雲竜、性格は静と動。役回りも対照的だ。
> 「自分のすべてを出し切れればいい」と穏やかだった白鵬に対し、
> 朝青龍は「楽しみだね。一番一番勝っていくだけだ」と闘志をかき立てた。
>
>>> 白鵬・朝青龍、攻めて相星決戦へ 北の湖理事長「東西横綱、理想の形」
>>> 2008/01/27配信 産経新聞

上の記事に書かれた取り組みからほぼ24時間後、すでに報道されている通りの結果になりましたが、つい見入ってしまうとはまさにこういう勝負を言うんだなぁと、久々に面白い取り組みだった気がしました。
どちらかがあっさり決めてしまうわけでもなく、それを打開するための奇策が飛び出すわけでもなく、まさに力のぶつかりあい。
最後の最後までどちらが勝ってもおかしくなかった、まさにそんな展開でした。

別にどちらを応援していたわけではないけれど、土俵外での話題がなくても相撲の中身で十分魅せてくれるじゃないかと、少し見直しました。

さてさてどうなったかな、視聴率は?…あす以降の発表が楽しみだ。

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National Diet Library

会社の同期から聞いた出張の話をきっかけに、初めて行ってみました。

国会図書館。

名前から想像するに、あの国会議事堂の近くにあって気軽に入れるところではなさそうな、そんな感じがしませんか?

別の大学の文系学部に進んだ旧友はからは昔、まさにその東京にある国会図書館に調べ物をしに行ったという話を聞いたことがあります。
専攻分野を考えると、きっとあの後も幾度か足を運んでいたはずです。

(えっ、じゃわざわざそのためだけに上京したわけ?)

いや、そうではないんです。
冒頭の会社の同期曰く「こっちにも、あるんやで」。

彼に教えてもらうまで全く知りませんでした。
てっきり、全国で東京にしかないものだと思っていたので。
Webサイトによれば、5年前にできたそうです。

きっとああいう施設って、事前に必要そうな文献をリストアップしてから行くものなんでしょうけど、私はまず図書館そのものがどんなところなのかを知ることができればいいやという心構えで、見てきました。

…な~んて言ってますが、片道2時間です(笑)。

最寄りのバス停に降り立ってすぐ「しまった、カメラを忘れた!」

周辺は学術研究都市として整備を進めている地域、と書くと聞こえがいいですが、裏を返せばまだ開発途上であるわけで、実にぜいたくな土地の使い方をしています。
できてまだ5年目ということもあり、建物のデザインはガラスを多用した近未来的なもので、先進的なイメージは十分です。

図書館の施設としては地上4階、地下1階ありますが、閲覧スペースは地下1階だけ。
では残りは何なのかというと、すべて書蔵スペースなのだそうです。
原則としてわが国で発刊されているすべての書物(雑誌ももちろん含みます)を、東京と手分けして扱っているということで、それらを閲覧するには事前の手続きが要ります。

一般の閲覧スペースにも書物はありますが、ここに来る以上はおそらくそれらが目的の人はきっと少ないのではないか―もしそれだったらむしろ大きめの公共図書館に行った方がよっぽど探しやすいから―そんな感じがしました。
閲覧スペースには蔵書検索のための端末があったり、パソコン持ち込みにも対応しているなどしていて、使いやすかったですね。

高い天井がゆったりさをますます助長させてて、このあたりは国のお金が入ったからなのかなぁと考えつつ、だったら積極的に使っていかないとソンだとも思ったのでした。
全国に2箇所しかないわけで、私も往復\3,000弱かけてちょくちょく足を運ぶわけにもなかなかいかないけれども、学生時代に図書館で課題に追われてた時代を思い出し、またひとつ暇つぶしにいい場所を見つけてラッキーでした。

ま、次に行くときはちゃんと調べ物リストを作ってからにしよう(笑)。

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変わりゆく変わらないもの

今年の元旦の呑み会には、2年ぶりに顔を出した。
ベースとなるのはだいたい同じメンバーだが、私が数年前に予告なく突発的にクラス会の往復ハガキを送りつけたのがきっかけで、その後も定期的に集まるようになっている。

駅前の居酒屋で呑んで、その後カラオケやボーリング、ビリヤードなどで遊ぶか。
アルコールさえなければ、やってることは学生時代とあまり変わってない。
だいたい流れは決まっているのだが、しばらくはそれで楽しかった。

しかし、私はその集まりに対してなんとなく気持ちがのってこないというか、積極的にメンバーに会いたいとは思えなくなっていた時期があった。
そのときの心境はどんなだっただろう…と考えていたら、確かそのことを記事にしていたので、ちょっと抜き出してみる。

なかなか、シビアな調子で書いてるなぁ。

> 最初のうちは楽しかった。
> 何というか、距離感が絶妙だったのが居心地よかったに違いない。
> 居酒屋で昔話をネタに盛り上がったり、カラオケで当時はやっていた歌を歌って
> 懐かしさを覚えたり…同じバックグラウンドをもっている者どうしならではの
> 楽しみ方を最大限満喫しきっていた。
>
> しかし私も就職して地元を離れるようになってから、ほぼ定例となりつつある
> 呑み会に対する私の心境が変わり始めた。
>
> 過去の遺産で食いつぶすあまり、自分たちの今の話や近未来の話ができないことに
> 苛立ちを覚え始めたのである。
> 昔話をしている時間がつまらないというのではない。
> 話題が当時のままでとまっている時間が多すぎる―お互いにいろいろあるはずの
> 20代後半世代なりの、年相応の話になっていかないのだ。
> 私はどうもそれが不自然に思えてならず、ひとり勝手に窮屈さを感じ出す。
>
> もちろん、集まっている各人がさまざまな境遇にいることはわかっている。
> 話したくないところにも無理やり割って入っていこうなんて全く思ってないが、
> 見た目が昔の面影のままでも、中身まであのときのままでいるはずがない。
> 「みんな今もあのままだよね」という予定調和的な雰囲気に耐えられない。
> たとえ今の自分が当時から変わったとしても、この会の場ではあのときの自分の
> キャラクターでいなくてはいけない、そんな空気。
> あの頃の自身が好きでなかったから、余計にそう感じるのだろう。
>
> (中略)
>
> “昔を懐かしむ場”として割り切れるのがいちばんいいいし、他のみんなは
> そうかもしれない…こんなよくわからない感情を抱えたままクラスメイトと
> 会っているなんてちょっとおかしいのかもしれないとも思う。
> 今の自分が昔の自分に引き戻される会、だから窮屈なのかもしれない。
>
> 「ぜいたく悩みだ、旧友と今でも定期的に会えてるのに」
> そう言われるのは百も承知。
> でも書いてみて、少し自分の思ってることを整理できた。
>
> クラスメイトの誰にも、このことは絶対に口外しないと決めている。
>
>>> 想定内の憂鬱
>>> 2006/08/16 Update「from square one」

ものすごく正直だなぁと、自分でも感心する。
実際、1年前のお正月は、何だかんだで理由をつけて行かなかった。

でも最後に書いたコトバの通りになった―それはたぶん、ぜいたく悩みだったのだ。
その1年後、大切な仲間のひとりを失うことになるなど、もちろん知らずに。

----------

2年ぶりに顔を出した呑み会…その前にメンバーを集めるための電話を、今回とりまとめてくれたクラスメイトとしていた。

「…、で、誰が集められそうなん? そっち、女の子は?」
「…、じゃ男子は? ○○くんでしょ、△△くん、あとほかは?」

本当ならこの会話の中に、彼の名前があるはずなのだ―いつもどおりであったなら。
私は彼を入れようとして、意識的にそれを何とか断ち切った。
向こうも“なんとなく足りてない感”があったようだが、その場はそのままだった。

年月が経てばどうしても、集まれるメンバーがだんだん減っていく…今年は7人。
仕事や先約で、来たくても来られないやつもいたけれど。

信じられない悲しみが襲ってきた夏。
まともに話せず、仲間たちそれぞれが帰路についてしまったあれ以来の人もいる。

集まってからの流れは、やっぱりいつもと同じだった。
呑んでから、アミューズメント施設で遊んで、朝方帰るという、“1年の初日から何やってんの?”というパターンだ。

じゃ、1年半前とおんなじような憂鬱感が、ココロの中に果たして残ったのか?

うって変わってそんな心境にはまったくならなかった…そこまで手のひら返しになったわけではないけれど、メンバーとの昔の思い出と、今の姿を、以前よりもバランスよく話ができた気がするし、あるいはそれが仮に私の思い過ごしだったとしても、会えてよかったなと素直に思えていた。

そしてこれだけでは終わらなかった、今年のお正月。
Uターンする前に、クラスメイト3人とともに、初めて彼のお墓参りをした。
彼の親友が言うとおり、立派な墓石だった。

―やっと、来られた。

「ほら、みんな来てくれたよ。よかったね」

いつも私ひとりだからさという、時々そこで彼と話をするのだという地元のクラスメイトはそう言うと、みんなで買ってきた花をさした。
冷たい風が吹きつける中、4人で静かに手を合わせる。
で、さっきの子が、こうも言ってた。

「でも○○くんは、ここにはいないんだよね。『千の風になって』でそう歌ってる」

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では彼をなくしたという事実が、あの憂鬱感を消し去ってしまったのだろうか?

正直、今はわからない。
ただ、都合いいと思われそうだが、それはきっとわからなくていいのかもしれないな。

ひとつはっきりと言えることは、仲間に代わりはきかないということだ。

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スーパーカー

悲報を聞いてから心の中でもやもやしていたんですが、この知らせは素直にうれしい。

> 横浜が21日に肺がんのため死去したOBの加藤博一さん(享年56歳)の
> 「追悼試合」開催を検討していることが22日、分かった。具体的な日程、内容などは
> 決まっていないが、村上忠則チーム運営部門統括は「選手やコーチとも
> 親しかった。(チームで)頑張っていただいた方だし、いろいろ考えています」と
> 前向きな考えを示した。
>
> 大洋時代の85年、加藤さんは当時の近藤貞雄監督のもと、高木豊、屋鋪要とともに
> 「スーパーカートリオ」を結成した。自慢の俊足はもちろん、ひょうきんなキャラクターで
> ファンから愛された。今後は同じくプレーした阪神など他球団との調整を含めて、
> 計画を進めていくと見られる。
>
> 「どういう形がいいのか、今は調整段階」と村上統括。追悼試合に
> 「スーパーカートリオ」を組んだ高木さん、屋鋪さんを招待するプランなど、球団では
> さまざまな案が検討されそうだ。
>
>>> 横浜が加藤さん「追悼試合」開催へ…高木氏、屋鋪氏も招待
>>> 2008/01/23配信 スポーツ報知

先日亡くなられた報道で初めて、阪神在籍時代があったことを知ったくらいなので、私は現役時代のことを熟知してるわけではないのですけれど、この方ほど感じのよいというか、コアでない野球ファンの方にも親しみやすい(やわらかい)雰囲気をもった解説者は他にいないと、以前から思っていました。

厳しいことを言うことも愛情表現のひとつですが、それとまったく対極の位置にいる方で、話を聞いていて不快に感じるファンなんて絶対にいなかったと言い切れるし、たくさんの方に野球への興味をもってもらうためにもまだまだずっとテレビに出ている姿を見ていたかった人です。

ニュースを聞いたときには本当に残念でしたが、追悼試合、ぜひやってもらいたいです。

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負けは負け

ライバルとのコンペに、負けた。
技術的に相手を上回れなかった。
でもホントに、それだけだったのか?

チームとして最大限、機能していただろうか?
みなどこかで「なんとかなるだろう」という慢心がなかったか?
第3者が冷静に判断すれば、最も不利なのはウチだってことくらい明らかだったのに。

今さらあわてたって遅いよ。
それ相応のお金をつぎ込んできた以上、おいそれと引き下がれないのはわかる。
けど、結果がすべてなんだ。

責任所在探しが始まるのだろうか?
こういうときに、組織の真の姿が浮かんでくるのかもしれない。
…ちゃんと見てますからね、下っ端は。

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破格の青春ヒット

会社の記念行事で、こういう価格破壊をやってくれるとは…さすがだ。

> 音楽シーンの歴史の中で、もっとも華やかだった90年代。
> その時代、多くのヒットナンバーを生み出した音楽制作会社ビーイングが、
> 会社創立30周年を記念し、10アーティストの選りすぐりナンバーを
> 1,000円(税込1,050円)という廉価盤シリーズとして発売!!
> その時代を知らない人も、楽しめること間違いなしです!!
>
>>> BEING 30th Anniversary「BEST OF BEST 1000」シリーズ SPECIAL SITE
>>> http://www.beinggiza.com/bob/index.html

B'zやTUBEだけじゃないよ。
「思い出の九十九里浜」のMi-Ke、「おどるポンポコリン」のB.B.クイーンズもビーイング系アーティストなんだから(…って、私も知ったのはここ最近でした)。

空前のミリオンセールス時代を築いたのは、小室哲哉よりも彼らの方が先なのです。
個人的には、今やAORにシフトして久しいDEENがあの頃はお好みでした。

ジャストミートしない世代のリバイバルブームは冷ややかに見ているくせに、自分の青春ヒットをぶつけられると、ダメですね(笑)。
買わないかわりに、こんど帰省したら実家のカセットテープを持ち帰ってこようかな…。

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なごんだな

[1] スーパーにて

私のすぐ前にいたのはお母さんと、2・3歳くらいの女の子。

お母さんがカートを押してレジに向かおうとすると、女の子は大事そうにある食べ物をもってなかなか離そうとしない。
買うつもりはなかったであろうお母さんだが、あきらめてかごに入れるのを見守っていた。

…でもなぜに、ローストビーフ?

[2] 路上にて

私の少し後ろにいたのはお父さんと、2・3歳くらいの男の子。

お父さんが手を引いて歩いていたのに、突然男の子が道路の反対側に何かを見つけたらしく歩き出そうとしていた。
仕方ないなという表情のお父さんだが、男の子はお目当てをしきりにのぞきこんでいた。

…でもなぜに、タバコの自販機?

オトナが気にもかけないものに興味をもって、小さな体でめいいっぱいアピールしてる。

きょうは冷たい雨が降ってたけど、ちょっとだけあったかくなった瞬間。

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9年間の財産

この寒さゆえ引きこもるには絶好だったんですが、さてどうやってまったりしようか?

思いついたのが、携帯電話のアドレス帳をもう一度作り直すことでした(ヒマだ…)。

1年以上前に紛失による機種変更をしたのですが、それ以前のある段階からアドレス帳をつくるのをやめてしまってたんです。
とはいえ、Excelベースで控えてはいたので、それを電話に移し変えていこうと。

ふと、携帯電話を持つようになって、この春から10年目になることに気がつきました。

父親の使っていた機種(当時はシティフォンという、通話エリアを限定された廉価版がありました)を譲り受けたのが、大学2年になったばかりのころ。
実家から遠距離通学をしていた私に友人は、連絡をとりたいときになかなかつかまえづらいんだけどなぁと言われてました。
じゃあ実家にかけてよと答えてたんですが、いかに彼らに気をつかわせてたか(笑)。
まだiモードがなかったので、メールが主体になるのはもう2・3年くらい先になります。

あの頃からのアドレス履歴の大半は、過去の紙ベースのアドレス帳には残ってて、実家を出る直前のタイミングが最も件数が多かったような気がします。

さて、どうしてそこから数が減るのでしょう?
自然消滅?…いやいや、人の手が入るからそうなるのであって(笑)。

交換した連絡先は携帯電話のメモリーから消す場合には別途バックアップをとってるので、実家においてあるアドレス帳を総動員すれば完全に復元できるとは思ってるんですが、後にも先にもそんなことはしないでしょう。

それでも、社会人デビュー直前から数えてまもなく丸4年ぶんのアドレスをいったん総ざらいしてみたのですが…なつかしいというか、もったいないというか。

人脈という表現はちょっとリアルだけど、人とのつながりが切れるのはホントかんたんで、続けていくのってやっぱり努力が要る。
アドレス交換を一度してしまえば知り合いだなんてことはなくて、電話をするとかメールをするとか会って話すとか、そういう行動なくてはつながるものもつながらない。

名前をみて、あ~あんなヤツいたなとか、新人研修のときに同じ班だったなとかいろんな記憶が呼ばれて出てきましたが、もしそういうひとつひとつのつながりがすべて切らすことなく生きていたら、また違った人間関係ができてるのかなと、ふと思ったわけです。

結局、Excelベースのメモから携帯電話本体に移し変えたアドレスは、約80件。
この数字が多いのか少ないのかは、ちょっと判断しかねますが、ココロを鬼にすればもっと少なくできたかも(苦笑)。
眺めてみると、学生時代の友人の占める割合がまだまだ高いですね。

> 電話帳削除
>
> !
>
> ○○○○
> 削除しますか?
>
> YES
> NO

この画面にアクセスするのはカンタン。
でもそうならないような努力を、今年はしてみることにしよう。

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沿志奏逢

買おうかな?
 ― 元旦深夜にOAされてた、ap bank fes'07 の1時間ダイジェストの録画ビデオを観て。

2週間待って、借りようかな?
 ― 正月もあけて、彼らのアルバム発売日をすっかり忘れてて、いつの間にかその日。

でもやっぱ、買おうかな?
 ― これを書きながら『僕らの音楽』を観ていて、ぐらつく(笑)。

3曲歌ってたんですが、うち2曲のカバーはオリジナルを知りません。
でもいいなと思いました、特に最初の曲。

> こんな僕でも やれることがある
> 頑張って ダメで 悩んで 汗流して できなくって
> バカなやつだって 笑われたって 涙こらえて
>
> 何もないけど いつでも 野に咲く花のように
> 君が優しかったから 僕は 元気でいるから
>
> どんな時でも どんなことにでも
> 人の気持ちになって この心が痛むなら
> むだなことだって 言われたって かまわないから
>
> 何もないけど なかよく 野に咲く花のように
> 君と暮らしていた頃を 思って 元気でいるから
>
> むくわれないことが 多いだろうけど 願いをこめて
>
> 何もないけど 僕らは 野に咲く花のように
> 風に吹かれていたって いつでも どんな時でも
>
> 何もないけど 君のために 野に咲く花のように
> 遠く離れていたって 笑って 元気でいるから
>
>>> MR.LONELY/玉置浩二

1枚目はレンタルで済ませちゃったんですけどね…う~ん、どうしよ。

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この瞬間に祈る

あの日の、あの時刻。
全国ネットに一時的に割り込んで追悼している番組が、こちらではあります。
毎年この日だけは早起きして、その瞬間を静かに待ちます。

昨年の記事の、きっと繰り返しになってしまってるんだろうけど、そんなことはどうでもよくて…直に経験してない私がなぜこだわってしまうのか、自分でもよくわからないけど、これから先もずっとそうでありたい。

ただただ、13年前のあのできごとを忘れないために。
この地から遠く離れたところではあったけれど、テレビの画面越しに観たあの悲しいできごとをいつまでも覚えておくために。

こちら以外の地域ではたぶん、あす朝のニュースのトピックスのひとつでしかないのかもしれないけど、そのときだけでも、目を閉じていただければと思います。

もしも早く起きられるかもという方がいらっしゃるなら…あの時刻とは、5時46分です。

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撮られ上手

「内容はいいけど、この写真はどうしたの?」
「あぁ、これは社員証のをそのまま貼ったんですが…」
「でもねぇ…ちょっとカタくない? 仕事してるとこ誰かに撮ってもらったら?」

来月、会社の採用活動のお手伝いとしてセミナー会場で質問に答えるといったお仕事をいただいたのですが、そこに社員直筆のメッセージシートが飾られるとのことで、一応できたものを上司に持っていったんです。
特におかしなことは書いてないはずなのでさらりと確認だけしてもらうつもり…だったんですが、予期せぬことに顔写真にクレームが(苦笑)。

ま、確かにちょっとマジメな真正面の姿かなとは思ってたんですが、改めて撮るのもめんどうなのでいっかとほうっておきました。
まさかのダメ出しをもらったので、夕方になってから後輩に撮ってもらうことに。

でも私ニガテです、写真に撮られるの(あれだけブログにアップしてるのに)。
自然に笑えないんですよね。

普通に会話してれば喜怒哀楽はフツーに出てますけど、どっかの瞬間の表情をカメラに撮られるという意識が働くともうダメ(←芸能人か)。
だから証明写真とかって、どうしても“引きつってる感”があります。

撮ってもらう角度だけ決めて、あとは適当なタイミングでいいよとだけお願いして、私はデスクのパソコンモニタで『仕事してる風』の状態に。
誰かアイツを笑わせるようなことを喋ってやれと上司は言ってましたが、たぶんそれされても無理ですよ…それこそ隠し撮りでもしてもらわないと。

「―難しいですね、こんな感じでいいですか?」
「どれどれ…あぁ、いいじゃん。助かったよ、どうもありがとう」

目線を真正面から多少外しただけでも、私はだいぶ違うかなぁと思ったので満足。
たぶん表情から伝わる雰囲気は、あまり変わってない気がしますけどね。

まぁ、学生さんがどの人に質問してみようかという判断材料のひとつにはなるかもしれないので、果たしてこの写真がよかったかは、きっとそのときの“入り”でわかるかも(笑)。

あ~ぁ…せめて一度でいいから、撮られ上手(!?)になってみたいなぁ。

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最後の昭和世代

きょうにちなんだニュースで、平成20年に成人式を迎える人たちのことを“平成人”というくくりで紹介していました。
確かに平成元年生まれの方も少数ながら初めて入ってきますが、別の見方をすると、昭和生まれで成人式を迎える世代が最後であったことにもなるんですね。

私がアルバイトで教えてたあの子たちも、もうはたちなんだなぁ…。

所用で駅に行ったら、振袖姿の女の子たちがいっぱい。
男の子がいかに前準備がほとんどラクかが、見比べていてよーくわかりました(笑)。

彼らの目には、今の世の中とか、オトナたちのことはどう映っているんかな?

わたしたちがラクになるためにも(←ズルイ?)、これからがんばってね。

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卒業アルバム

実家が今あるところに引っ越すひとつ前に住んでいた、東京のとある街。
1年半弱しかいなかったのに、一緒に卒業できなかったのに、定期的に遊んでくれる小学校時代の友人がいる。

昨年末、ほぼ2年ぶりに会ってきた。
ほぼお決まりのメンバーがふたりいて、私が帰省するタイミングに合わせてくれて3人で呑むというのが、ここ3年くらいの恒例だったけど、今回はそれ以前にも会ってたメンバーがいて、さらに“新入りさん”というか、私がそこから転校してしまって以来ほとんどしゃべる機会のなかったメンバーまでが(たまたま)集まれた。

いつもより少し緊張した感覚を抱きながら、かつての地元の駅での待ち合わせ。

(あ~、○○君と△△君だったな…変わったような、そうでもないような)

ふたり、いた。
正確には私がその学校を出てから一度だけ、クラス会に呼んでいただいたときに顔を合わせてるはずだけど、あれは確か中学を卒業したばかりの頃。
離れ離れになって4年という歳月が、なんとなくビミョーだった…あの頃の自分には。
会話のリズムをつかむ前に終わっちゃった感じで、あまり喋れなかった気がした。

それから13年。
もうビミョーを通り越してとてつもなく昔のできごとになってしまったから、逆にお互いに記憶を取り戻そうとしていたのか、自然と会話が出てくる。
もちろん、いつも会ってくれてるメンバーと一緒だったおかげ。

今の年代らしい話もした。
小学校の頃って、夢が夢でしかなかったというか、具体的にまだ考えられなくてもよくて、あくまで将来のことを少しでも考えられれば大したものだと認められたありがたい時代のメンバーだから、今の状況がバラバラなのはもうわかってる。
だからこの話は意外と長く続かなくって(苦笑)、あの頃の話にすりかわるのにはさほど時間はかからなかった。

それにしてもみんな、よく覚えてるなぁ。

あのころの担任の先生と今でも年賀状のやりとりしてる私も私だけれど、小学5年当時の音楽会の楽譜をネタとして持ってきてくれたメンバーもいた。
もうボロボロだったけど、彼はあの頃の課題曲の歌詞の内容をよ~く覚えてた。
ちょうどミニ四駆全盛の頃で、誰々の家の部屋には特設コースがあってよく遊んでたとか、アイツとアイツはよく教室で取っ組み合いの大喧嘩をしてたとか、ホントにいろんな話が出てくる出てくる。
あのとき同じクラスだった女の子の名前を全員で片っ端から挙げていこうとするのは、男が集まればよくありがちかな…8人の記憶を寄ってたかって、なんとかひとり残らず言えた、はず(笑)。

家の事情とはいえ、あと1年いられれば一緒に小学校を卒業できたはずだし、ちゃんと手元に残ったであろうアルバムを見ながら思い出を振り返ることもできたはず。

でも17年後の年末になってもこういう思い出話ができる方が、きっともっとぜいたくだ。

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恐竜 vs. 雪男

最近ヤフーニュースに「芸能人ブログ」というトピックスができてます。
でもまさか“彼ら”も芸能人だとは…しかも『さん』づけだぁ。

> ガチャピンさん(5歳=恐竜のこども)とムック(5歳=雪男のこども)が
> ケンカしたことをガチャピンさんがブログで報告した。
> ブログの写真には、屋上の吹きっさらし風の場所で
> 荒野の決闘のごとくたたずむ二人。
>
> このケンカの理由は、
> なんとムックがガチャピンさんのおやつを食べたことにあるというのだ。
> しかし、ムックは
> 「え? そうでした?」
> と開き直った挙句、
> 「でも、ガチャピンだってわたくしのお年玉…」
> と別の問題にすり替えようとした。
>
> しかし、お年玉は実はムックに渡してあったのだという。
> そのことを指摘されたムックはまたも
> 「あ~そうでした、そうでした」
> ととぼけるのだ。さらに、
> 「ぼくのおやつ返して!」
> というガチャピンさんの悲痛な叫びに対しても
> 「返してと言われましても、すでにわたくしのこのお腹の中で
>  栄養になりつつありまして…」
> とまたもやムックは開き直る。
>
> 一応ムックはガチャピンさんに謝罪し、
> 自分の分のおやつをあげることを約束したようだが、
> その腹黒さが滲み出るムックの一連の行動と受け答えが浮き彫りとなった形だ。
>
>>> ガチャピンがムックとケンカ ムックの腹黒さ滲み出る
>>> 2008/01/10配信 アメーバニュース

ケンカの理由は5歳児っぽいですが、開き直ったときのコトバは明らかに学生ですね。
このおふたりに注目しているのはもう、リアルタイムの子どもではなくて昔よく観ていたオトナになってしまったようですが…。

インターネットがまだないころの子どもで、よかったと思いました(笑)。

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一番偉い人は?

紙面にあった10行記事を見て、ふと思い出したことが。

> 民主党は8日の常任理事会で、渡部恒三衆院議員を最高顧問に復帰させる人事を
> 了承した。渡部氏は昨年10月、関連政治団体が活動実態のないマンションを
> 「主たる事務所」として届け出、多額の経費を計上していた問題の責任を取り、
> 最高顧問を辞任した。
>
>>> 渡部氏が最高顧問に復帰(2008/01/09付 日本経済新聞)

この政党には、いろいろな役職がありますね。
各委員会の委員長とかはわかりやすいからいいとして、気になるのはこの5役。

[1] 最高顧問
[2] 代表
[3] 代表代行
[4] 副代表
[5] 幹事長

偉い順に並び替えなさいと問われたら、意外と迷いませんか?
これを読んでくださっている方の中に、党員さんとかいらっしゃれば教えてください(笑)。

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キャンバス

原作マンガも、映画も観たことなかったのですが、さっき初めて観ました。
ドラマ「ハチミツとクローバー」。

いやぁ、おもしろそう…というより、楽しそう。
あんな青春ど真ん中のキャンパスライフを送ってた人って、ホントにいるんかな?
いや、美男美女が5人も集う時点で、奇跡かもしれん(笑)。

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あれとは対極、とまではいわないけど、やっぱり雰囲気の違ったキャンパスライフを過ごした私がお世話になった、担当教官からの年賀状は、きょう届きました。

出張で上京するとちょっとばかり大学を通り過ぎちゃうのでなかなか顔を出すのがおっくうになりがちだけど、もう2年以上行ってないんですよね。
今年はどこかで、先生にあいさつに行こうかな。

ついでにあの学食メニューも、味わってみたいしね。

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愛社心

5日前の新年会。
高校の部活の同期とひとつ下の後輩がこぞって集まる呑み会だ。

正直、近況を毎年のように聞いてしまう後輩もいるけれど、実にバラバラな道を選んだメンバーがこれだけそろうのはめずらしいし、自慢にしてしまってもいい。
数年前ならまだ「みんなで集まったら何だかよくわからないけどスゴイ会社ができるかも」なんて冗談が言えたのだが、それすらままならなくなってしまった。
アルコールが入った状態でキャリアプランなんてコトバが普通に出てくるこの集まりが、私にとってはすごく大事な場になっている。

その流れで、出てきた話。

自分のことってひとりで考えてもよくわからないというか、うまく表現できないことって多々あるけど、他人を鏡代わりにして自分を俯瞰すると、実にクリアに見えてくることがある。

その同期のひとりは、自分の道をとことん追いかけている。
あこがれていた業界に就くために大学の研究活動に真剣に打ち込んで数社からオファーがくるまでになり、その中から決めて入った会社ではナットクいくためなら妥協を許さなかったし、その中でもうやりきったと思えば今度はその枠を取っ払って新しい道に歩を進めようとしている―かなり漠然と書いてるけども、ホントにアグレッシブなヤツだ。

一方の私、自分の目指すところからたどって大学の研究活動に励むことができたし、自分の頭の中で思い描いていたことができるんじゃないかと思えたところで仕事をする機会を得た。
でも先ほどの彼と決定的に違う点を、ひとつだけ見つけた。
私は“枠”を取っ払ってベストなことをしていくよりも、その“枠”の中でできるベターなことをしていく方を今まで自然と選んでいて、そしてそういう方がきっと向いているということ。

そう感じたことをそのままその席で話したら「あぁ~、そうっぽいね」と言われた。
まわりのみんなは、私なんかよりずいぶん早くから気がついていたらしい(笑)。

で、その、ホントにアグレッシブなヤツからこんなことを言われた。

「その、愛社精神みたいなものはどっから出てくるの?」

愛社精神だなんて、そこまで大げさな考えをもってるつもりはないんだけどなぁ…っていうのが、そのときの正直な感想。
彼はたぶん、会社の方針に多少の不満があってもそれを抑えてるように感じたのかもしれないし、それが『会社のためなら…』みたいな姿勢に見てとれたのかもしれない。

(あっ、ここまでのやりとりには、険悪な雰囲気はこれっぽっちもありません;笑)。

ただただ、いろんな考え方があるんだなと。
別に意見をひとつにする必要はないと思うし、大事なのは自分ひとりの見方に執着してたら視野が狭くなるよってことだ。

この呑み会は、まぶたが重くなり始めた“目”をもう一度見開いて広い視界を確保したいころに、ちょうどやってきてるんじゃないか、そんな気さえしている。

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『…これひとえに、絶え間ない研鑽と愛社心の発露であり…』

会社で年頭恒例になってる式、これはそこで手渡される表彰状に書かれている。
もしアイツが聞いてたら、きっと“あの”コトバに噛み付いてくるに違いない。

1年後、彼らとはどんな話ができるだろうか。

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謹んで新春のお慶びを申し上げます

3が日はとっくに過ぎ、あすから仕事だというのに…いまさらですが。

> 昨年中は格別のご指導を賜りまして、
> 厚く御礼申し上げます。
> 本年も変わらぬご指導を賜りますよう、
> どうぞよろしくお願い申し上げます。

(これじゃちょっとカタイよ…ってか、“どうぞ”じゃなくて“どうか”じゃないの?)

> 平素のご無沙汰を深謝いたしますとともに、
> 本年も何とぞよろしくご指導を
> 賜りますよう、お願い申し上げます。

(ご無沙汰の方もいるかもしれんけど、いつも読んでいただけてる方はどうすんの?)

> 昨年中はご厚情をいたあき、ありがとうございました。
> 本年もどうぞよろしくお願いいたします。

いちばんシンプルですけど、もうこのコトバにつきますね。

あっ、ちなみに最初のは会社向け、2番目のは恩師向け、最後のはその他プライベート向けの年賀状に印刷してたごあいさつでした。
「はがき実用文例」っていう本を参考に決めたんですけど(笑)。

Dscf0092 元旦の朝一番に発つ新幹線で帰省しておりました。
今年の初日の出は、岐阜あたりだったかな。
関が原あたりがうっすら白かったですね。
富士山もなんとかキャッチできて、まずまずの滑り出し。

今シーズンの年末年始休暇は曜日配列に恵まれたこともあっていつもよりちょっと長かったのでしっかり休めたし、過剰に寝正月にならなかったのもマル。

きょうは11日ぶりに泳いできましたが、でもやっぱりタイムは落ちてました(苦笑)。

会社以外の同期にもたくさん会えました。
またいろいろなことを考えるきっかけになったので、合間をみてちょくちょく割り込みかけながら書いていこうと思ってます。

それでは、今年もどうぞよろしくお願いします。

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