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きょうまでそしてあしたから

きょうまでが1週間のおわりで、あしたから新しい1週間のはじまり。
―2週連続3連休だったから、ひさびさの週5日勤務は長そうだ(笑)。

きょうまでが9月で、あしたから10月。
―寝る前に、カレンダーめくっとくかな。

きょうまでが2007年度の上期で、あしたから下期。

職場に新人が配属されてからちょうど4ヶ月。
ウチの会社では、今月をもってOJT(On the Job Training)の半分が終了したと定義していて、今週はその期間の振り返りをした。
といっても別に改まったことではなく、例えばビジネスマンのキホンはちゃんと身につけられているかとか、仕事に取り組む上でのスキルの習得が進んでいるかとか、そういったことのチェックである。
まず本人に自己評価をしてもらって、次に指導役(=私)からの評価、そして直属の上司(=課長)からの評価をマージしていく。

今週は、私の出張と彼の研修が偶然たがいちがいに入っていたので、実はお互いに姿を見ていないのですが、あらかじめ評価はやっておいてねと指示を出しておいた。
彼にとってのこの4ヶ月がどんなものだったと感じているのか、客観的な質問事項に答えたものを見てみたかった一方、もし自己評価が低いとすればそれは私に責任がある。

出張翌日、ちょっと覚悟を決めて彼の回答を確認した。

(うーん…ま、だいたい想定内の範囲かなぁ)

1年目なのであれもこれも指示を出していく場面と、研究開発職であるがゆえの検討結果に対する実務者なりの考察をしてもらう場面とのバランスが難しく、どちらかに偏ると仕事の進め方がぎこちなくなってしまう。
ただ回答を観る限り、今のところはうまく機能しているようでほっとした。
何よりいちばん評価したいのは、こちらの期待10に対して、なんとかして11や12にして返してみようとトライしてくれていることだった。
学生時代、きっとマジメに研究活動をしていたんだろうな(と、自己を振り返ると…苦笑)。

一方で、少しコミュニケーションを不得手としている認識を本人は持ってるみたいだ。
まだまとまった人数でプロジェクトに携わるフェーズに入ってないからこれは仕方がないだろう、これから否応なくそういう機会がやってきて慣れていくから、ご心配無用。

で、私からの評価…これは新人に対する設問のほかに、指導役としての自己評価となっている項目も含まれている。

(うーん…年初の思い通りには、いってないのかなぁ)

何というか、未だ手探り状態。

彼には私の抱える案件の一部に入っていろいろやってもらっているので、基本的にはすべて私から仕事の進め方を伝え、時折フォローを入れながら結果を出してもらう。
私自身が一応まだ若手なので、自分の新人時代を思い出しながら、ああしてもらってよかったなと思ったことはそのままにしつつ、こうしてほしかったなと思ったことはアレンジしながらやっている。

でも何がモヤモヤ感かって、一律に進め方の正解がないこと。
新人がどういった性格なのか、取り組んでもらう仕事そのものの位置づけがどうなっているのか、いろいろな要因でおそらくどういうやり方がベストなのかが変わってくる。
課長からは特にアドバイスを受けてるわけじゃないから、おそらくよっぽど変な方向に行ってることはなさそうだけど、ひとりの貴重な人材の立ち上げ時期に関わっているわりには、かなりの部分を任されてしまっている点に、ホントに大丈夫なんかなと不安もある。

私が心がけてきたことが新人に伝わってたんだとわかってほっとしたことがある。

彼には、学生時代の専攻領域やエンジニアとしての得意分野、それに会社側のニーズをマッチさせた上で仕事を割り振っているが、そのときに私はその業務がどういった背景があって生じているのか、どういう目的で取り組んでもらうのかを、ややしつこいくらいに教えるように心がけていた。
新人は先輩方の雑用に借り出されがちで、それも決してムダではなく十分勉強になるが、そういう仕事であるほどなぜその作業が要るのかをちゃんと伝えてくれない場合が多い。
そうすると目的意識を失うし、なかなかやりがいにならない―私も一時そういう頃があって、しょせん使いっぱしりなのではないかと無用の不安を抱えたこともある―それだけはどうしても避けたかった。

この4ヶ月を振り返ったコメントに、そういった点について触れてくれていたことに、指導役の私がむしろ安心したのだった。

別の職場の多くでは係長クラスの先輩が新人の指導役をやっているせいか、半人前が半人前を教えているのではないかも思える状況にどうしても劣等感を感じてしまいがち(もちろん新人の前で決してそんな振る舞いはしてないけど)なのは、今もあまり変わってない。

でも私がどうのこうのではなく、新人が1年目を終えたときにウチの職場でどれほど欠かせない戦力に仕立て上げられるか、それで結果を見てもらおうじゃないの。

頼りない先輩で内心すまないなとも思うれど…ひとまずあしたから半年間、よろしく!

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夏をあきらめなくて#3

きょうの会社帰りは、ずいぶん涼しい風が吹いてて気持ちよかったです。
そろそろ夏をあきらめざるを得ないタイミングに滑り込ませるかのように、今回でラスト。

Dscf4279 お盆休みは北へ針路をとり、山を求めて東へ足をのばし、おだやかな海を見たくて西へ行った…で、残る方角は?
ということで、この日は南を目指して約4時間、ホントに9月なのかというくらいの“海水浴場の王道”みたいなところに着きました。

Dscf4231 まずは高い位置から海を眺められる断崖の展望台へやってきました―海面から50[m]くらいはあったと思います。
この近くに洞窟があって、エレベータで下りることができました。
何だか、2時間ドラマのクライマックスに出てきそうな雰囲気。

Dscf4250 実は、絶壁ギリギリまで近づける場所があったのです。
ヤバイ、下を見てると足がそっちに吸い込まれそうだ…足のすくんだ奥さんを見てからかってるだんなさんらしきご夫婦がそばにいましたが、正直私もコワかったです(苦笑)。

Dscf4262 次に向かったのは、先ほどの洞窟の形成とも関係している場所で、異なる大きさの畳をいくつも重ねたような大きな岩盤が、海に向かって突き出しています。
一般的な岩場と違って、非常に興味深いカタチをした場所でした。

ただちょっと興ざめだったのは、特に高さのある岩盤に落書きが多数あったこと。
表面がやわらかい材質のせいか、少々がんばってしまえば小さな石のようなもので文字が彫れてしまうらしく、バカのひとつ覚えのように相合傘の嵐。
削り取るわけにはいかないですから、困ったものです。

Dscf4292 冒頭に載せた海水浴場を見ながら散策すると、ちょっと変わった島(といっても大きな岩という例えがしっくりくるかも)が見えてきました。
この島をちょうど正面から望める場所で夕日を見ると、ちょうど真正面にある小さな“穴”に、沈む太陽がちょうど収まるシーンがキャッチできるらしく、県の選ぶ夕日百選にもなっているようです。
まぁ、あいにく日帰りだったのでその時間までは粘れず(笑)。

ちなみに温泉地としても有名でして、散策の汗を洗い流すべく帰り際に公衆浴場につかってきました…寮のお風呂につかるのと同じ感覚で、さっぱり。

3連休ざんまいの今年、秋にも2回あります。

今夜のように過ごしやすい陽気が、長く続きますように。

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大臣横滑り

来週から今年度も後期に入る、その直前のタイミングとは…前首相の辞任表明に匹敵するくらいのタイミングの悪さだった。

「さっそくで悪いけど、ちょっと伝達事項があるから」
(げっ、何だ…イヤな予感だ)
私の出張していた日の定例ミーティングで伝わっていた重要伝達事項。
―まさか、自分の異動って2日前にならなきゃ伝えてくれないものなのか?

しかし課長が表情新たに切り出したのは、そんな予感すらちっぽけに思える内容だった。

「来月から、部長がかわることになった」
「えっ…そうなんですか」
社内事情、しかもあまり前向きではなさそうな様子だ。

しかもはっきりいって今回の人事は、とばっちり。
隣の部の部長が異動になる代わりに、ウチの部長がそっちに横滑りしてしまったからだ。
下にぶらさがってる一般従業員にしてみれば正直、迷惑なことこの上ない。

(でも官庁の大臣が組閣のたびに代わるって、こういう感覚なのかな…)

ウチの部が他の部にとってのバッファと思われるとしたら、不愉快極まりない話である。

私が入社してから一貫して、課長時代も含めてずっと直属の上司だった。
人間味のある技術者とは、こういう人を言うのだろうなと思えた人なのになぁ。

あまりにもばたばたしているので、送別会は来月に持ち越しになった。
最後にどう感謝の気持ちを伝えればよいだろうか―その日まで、ちょっと考えておこう。

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夏をあきらめなくて#2

Dscf4160_2 城下町をかる~く散策するつもりで出かけたのですが、結果的に自転車を借りてあちこちを走り回ってきました。
駅から20分くらいペダルをこぎ続けると、対岸に無人島を望める港の近くまで行くことができます。
左の写真は、その近くの丘高い位置にある神社から。
9月も半ばだったんですけど、まだまだ夏の陽気でした。

Dscf4164 で、懲りずに海沿いを地図を見ながら走ってみました。
なぜあの曲がりくねった道路から厳しいアップダウンを予想できなかったか悔やまれますが(苦笑)、予想外の景色だったからOK。
この海を西に向かえば、#1でご覧いただいた橋に出会えます。

Dscf4175 城下町っぽい写真も載せておきましょうか。
現存はしてないので、観られるのは城跡なんですけどね…でも周囲の街並みも含めてきれいに整備されていますよ。
散策するのにはちょうどいい規模の、町でした。

Dscf4163_3 ここまで読み返してみて、あまりにも記述が抽象的だったので(笑)、固有名詞的な写真をアップします。
こちらは展望台にある公園ですが、この地ゆかりの像として他にも駅前や神社などで“何人も”佇んでいました。

なお#1と比べてやや手抜き感がありますが、滞在時間3時間弱に免じてお許しを(笑)。

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履修登録

ひさびさに、新幹線を使った日帰り出張。
目的は、研究動向調査として学会の講演発表を聴くことでした。
自分が発表する側ではなくただ聴講者として参加するって、一見時間とお金がもったいないようにも思われるのですが、大きい学会だと講演論文集の中身が充実しているので、これをゲットしただけでもう半分は目的達成したようなものです。

あと、たまーの息抜きになることも、意外と大事(笑)。

Dscf4301 たいてい、会場は大学の講義室の一部を間借りしたもの。
きょう行ってきたところもその例にもれず、中心地から別の電車とバスを乗り継いで約1時間弱のところの、まるで都会の喧騒から隔離されてるかのような緑の多いところに、広大な敷地を有していました。

Dscf4299 学生たちはおそらく今週いっぱいまで長い夏休み―決してがらんとはしてませんが、時間がゆっくり流れてる気がしました。
もう少しスケールダウンすると私の通っていた大学とよく似た雰囲気だったせいか、ちょっと懐かしさすら覚えます。

Dscf4300_2 大学会館の食堂、この安さはたまりませんねぇ…ライスS+味噌汁+鯖の味噌煮+煮物で\450。
学生さんがいっぱいいましたが、サークル活動にいそしむ人と、研究活動にべったりな人が大半のようです。

ちなみに私はサークル活動を入学後1年で挫折した人間なので、あの“みんなでわいわい楽しんでる感”にはちょっと憧れがあります(笑)。

講演セッションの合間に、少し学内を歩いてみました。
うわぁっと思ったのは、要所要所に設置されている掲示板。
休講通知に期待して立ち寄ってみたり、友人との待ち合わせ場所に使ったり、研究室の配属先の発表が貼り出されていたり…節目節目にいつも顔を出してくる、掲示板。
一方で、Web掲示板のURLを示すポスターもあったので、昔と違って役割が変わってきてるかもしれません。

Dscf4298_2 まだ後期の授業が始まってないせいか掲示物は少なかったけれど、あの頃ならではのコトバに、つい反応しちゃいます。
「前期期末試験結果発表」「チューター」「開講通知」…きょうの記事タイトルもそのひとつ(ゆえに意味はまったくありません;笑)。

学会そのものの、大学と企業の“温度差”はなかなか埋まらない感じは相変わらず。
(そりゃそうだ、目指してるところが違うんだから)
って一言で片付けるのは簡単だけど、学生のうちから企業の研究に対する考え方を知ってる知らないじゃ大きな違いだということを、私も実感することとなりました。
私の会社も、残念ながらこういうところに出て行く活動はあまり力が入ってない。
求人活動で人がなかなか集まらないと言うのなら、もっと地道にやるべきこと、あるんじゃないかな―。

発表する人の多くは学生さん、この傾向もおんなじ。
でもプレゼン資料の見せ方に限ると、私の頃より今の人の方が格段にうまいなぁ。

(4年前に思い描いてた姿に、自分は近づいているのかな?)
彼らを見ていたら、そんなこともふと頭の中をよぎりました。

Dscf4302 この地ならでは…という“ベタな”おみやげがあるとありがたいもので、あとは財布の中身と相談するだけです。

職場には、25コ詰め合わせで…お茶を濁すか(笑)。

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夏をあきらめなくて#1

サザンの名曲タイトルをあえて否定する気持ちで(笑)出かけたときの写真が、まだいくつか残っていたので、今月中に一掃することにしました。
いつの間にそんなにふらつきまわってたんだというツッコミは、なしで。

行った順番にアップするとは限りませんので、気の向くままに書きますね。

Dscf4193 お盆に太平洋を見て、9月に入って軽い気持ちで山を登ってきましたが、その反動でまた海を見てこようと思ったとか思わないとか…。
今回の主役は、海や島々をまたぐ「橋」。
通るだけじゃなくて、一度じっくり眺めてみたかったのです。

複数の橋梁で構成されていることは知っていましたが、近くに寄ってみてそれらがまったく異なるタイプの橋だったことを初めて知りました。
遠目で見ると本州と四国を結ぶ1本の道という認識しかないので、個々の橋梁にどういったユニークさにはあまり関心がなく、とにかく全体として見たときのスケールの大きさと、多くの島々が浮かぶ海の景色に目を奪われてるだけで十分な感じだったのです。

本州と四国を行き来するための公共交通機関として鉄道が敷かれていますが、途中の島に立ち寄っていく生活路線バスも走っています。
基本的に県境を越える地理なので大きな流動はないのですが、高速道路から島に降りたりその逆があったりするルートは、なかなかおもしろい。
パーキングゲートは、一般的なインターチェンジよりも質素なもので、あくまでもその島に住む方々のものなので、専用のカードがないと通れないそうです。

Dscf4185 この道路・鉄道併用橋では鉄道が下を通りますが、構造上、海や島々を見るのにどうしても障害物が入ります。
でも道路は上を走るので、運転を他人に任せてかつものすごく広々とした眺めを、初めて見ることができて、かなり満足。

Dscf4199 実際に橋の下をくぐらせてくれる遊覧船が出ていたので、それにも乗ってみました…いやいや、実にダイナミック!
上を通ってる側だと「海や島々からなる景色が壮大だぁ~」と、これが下から見上げと橋の巨大さに圧倒されっぱなし。

だから、記念館の展示物には食い入るように見ておりました。
特に四国側にとって、この事業がいかに悲願であったかが伝わってきますね。

Dscf4214 こういうおっきなインフラを造る仕事もしている会社にいる人間としては、政治背景や国家環境などの因子による影響が大きいとはいえ、当時のあらゆる技術を結集して、多くの人がこの橋に夢をかけたという史実にはすごく興味があります。

通ってしまえば道路の一部にすぎないかもしれませんが、昔ならば考えられなかったようなところが陸続きになっていること、そしてその恩恵を当たり前のように享受できていることがどれだけスゴイことか…カーナビをお持ちの方は、安全運転の範囲内で、時に思いをめぐらせてみると、おもしろいかもしれません。

あっ、私は“道路族”政治家さんとのつながりは決してありませんので…念のため(笑)。

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二足のわらじ

ホークス、首位ファイターズ相手に連敗を止めたのはいいけれど、リーグ優勝はちょっと厳しくなってきたかなぁ…残り9試合。

一方、物心ついたときからスワローズのキャッチャーだったこの方の引退は、残念。

>>> 兼任&衰えで不本意な終末 ヤクルト・古田監督が退団 涙の会見「悔しい」
>
> 29年ぶりのプレーイングマネジャーとして注目された古田選手兼任監督が、
> 期待に応えられぬまま退団する。「オレがオレがでバリバリやっていた30歳代なら
> もっとやりやすかっただろうけど」。幾度が口にした言葉が、耳に残る。1990年代の
> 黄金時代を支えた自身の衰えは、チームの低迷にそのまま反映した。就任の時期が
> 違っていれば、結果もまた違っていたかもしれない。
>
> 監督として練習を強制するより、個人の創意工夫を尊重するスタイル。ただ、素質で
> 劣る集団を勝たせるには、時間が足りなかった。練習熱心なチームではあるが、
> 中日のような激しさには欠けた。最大のテーマだった後継捕手の育成は道半ば。
> 野手の中間層が薄く、抑えの石井弘が故障で不在。低迷は必然で、借金が「20」を
> 越えれば、留任はしにくい。
>
> 補強面での球団との“温度差”も、辞任の一因となった。キャンプ前に中村紀
> (現中日)の獲得を反対され、「(年俸)2000万円で獲れたのに」と悔やんだ。
> 来季もその差は埋められないと踏んだのだろう。
>
> 戦力が整わず、最後まで「古田の野球」を明示できなかった。くしくも
> 選手会長時代に指揮したストからちょうど3年。選手やファンへの言葉を
> 問われると、絶句して大粒の涙をぬぐった。「いろいろ思いだすとね。でも、
> さみしいというか、悔しい方が強い」。中途半端なまま、不本意な終末を迎えた。
>
>>> 2007/09/20 産経新聞

2年前に若松前監督から引き継いだときには、きっと古田選手ならやてくれるんじゃないだろうかという期待がありました。
それはもともと彼がキャッチャーという野手の要であり、また野村監督のID野球の申し子といわれていたことで、マネジメント能力が高いから監督業をやっても通用するという、そんな筋立てが勝手に立っていたのだと思います。
その、かつてプレーイングマネージャー経験者だった師匠は早くから「無理だ」と言ってましたよね、今思えば。

でも、プレーイングマネージャーって、企業組織に例えればたぶん一般従業員と幹部職を兼任するようなものです。
たまに自分の抱えている仕事がちょっとつまづきがちになっていて、でもそれに対する上司の理解が自分の認識と食い違うとき、心の中でつい
(だったらあんたがやってみればいいじゃないか)
という思考に、ともすると行ってしまいかけることがあります。

でもそれは無理な話だということ、もちろんわかってる。
そうなってしまったのは、プレーヤーがマネージャーにちゃんとわかるように伝えてないからいけない、だってマネージャーも最初はプレーヤーだった時代があるわけだから、普通に話をすればチンプンカンプンということはありえないはずだから(といっても、組織によって例外も多数あるかな)

―ちょっと話がそれましたので、戻しますけど…(苦笑)、

捕手として“ポスト古田”を育成しつつ、時には選手として自ら最前線に立つことをしなければならない(なぜなら、選手枠ひとりをあてている以上は、名前だけで試合にほとんど出ない状態は本来もったいない話だから)。
一方で、監督として選手たちをまとめ、時には勝つために辛い決断をしなければしなければならない、でも古田監督は選手でもあるわけだから、ロボットでないかぎり、いつもそう簡単に割り切ってどんどん物事を進めていけるとは限らなかったのではないでしょうか。
ましてや監督就任前年までは同僚であり、彼らのために選手会長として12球団のオーナーを敵に回して戦ったこともあるのだから。

いやそういう経験を活かせるかもしれないという声も、きっとあったでしょう。
私もあのときはそれに異論はなかったです…でも冷静に考えれば、その「二足のわらじ」は、選手側であることに変わりはなかった。
監督と選手…それはスニーカーとビジネスシューズを履くようなものだったんだ、きっと。

直接的にはご本人のおっしゃるように肩の故障が大きかったようだし、報道にあるように球団のバックアップが不十分だったという意見も出ていますが、きっといろいろな複合要因が重なったのでしょう。

個人的には…もしこの2年間がまだ選手一本でやっていたら、もう1、2年は選手寿命は長かったんじゃないか…そしていきなり選手→監督じゃなくてまずコーチとして指導経験を積み上げることを選んでいたら、もっと違った指導者人生のスタートを切ったんじゃないか…「たら」「れば」が禁物だとわかっていても、そう思えてなりません。

おそらくCX系野球中継で解説者をやるのだろうと勝手に思ってますが(笑)、ぜひ今度はマネージャー業に集中できる環境で、スワローズのユニフォーム姿を見たいです。

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招く者と、招かれる者

おとといの夜、中学のクラスメイトから電話がかかってきました。
「もしもし、…、お~、ひさしぶり」

めずらしいなと思いつつ話していましが、ほどなく相手が本題を切り出してきました。

「ちょっとお願いがあるんだけど」
「お願い? なになに?」
「こんど、結婚するんだけど…式に来てくれないかなぁ? 申し訳ないんだけど」
「お~、マジで!おめでとう。オレが行っていいの? いや1枠余ってるんだったらよろこんで出させてもらうけどさぁ」

このおめでたいお話そのものは、また結婚披露宴に実際に出たときにとっておくとして(笑)、冷静に会話を書き起こしてみるとちょっとツッコミどころがあるような。

[1] 申し訳ないんだけど(←新郎になるクラスメイト)

彼自身が非常に気をつかう人というか、気配りの人だからなのかもしれませんが、本題を切り出すまでものすごく“申し訳ない感”というか、“平謝り感”があって、最初は何をお願いされるんかなぁと思ってしまい、その流れでまさか結婚の話がくることを読みきれませんでした。
だから余計にびっくりして、おめでとうの連呼だったのですが…。

親類以外で結婚披露宴にお声をかけていただいたことはこれまでに何度かありますが、呼ぶ方は申し訳なく思うものなんでしょうか?
彼が私に申し訳ないと思っていた大きな要因はおそらく、遠隔地にいることと、他に招待する友人が私とちょっと“距離”のある(ガッツリとつきあいがあったわけではない)人が多いということ、これらが大きな要因だったようです。
でもこちらとしては交通費なんて気をつかわなくったって、呼んでいただけるだけでありがたいのだから行きますともって感じですし、1次会に限っていえばむしろそういう、若干一匹狼的な状況(笑)の方がラクなこともあります。

[2] 1枠余ってるんだったら(←私)

前から思っていたことですが、せっかく招待されてこういう返し方をする人はあまりいないような気がするんですよね…私の反応がやっぱり、ちょっと変かもって。
取りようによってはだいぶヒドイ発言なのですが、そういう意味じゃないんですよ…なんだかね、声をかけていただいてうれしいとはいうものの、実は呼ばれる私の方こそ、いやいや申し訳ないってまずは思ってしまうタチなのです。

ほぼ毎回思いますからね、結婚披露宴の席次を見せてもらうと。
(いやぁ、このメンバーセレクトは相当苦労してるんだろうなぁ)

そういう“読み方”をしている時点で新郎新婦に失礼なんですが、やっぱり誰を1次会から呼ぶか、誰を2次会から呼ぶか、あるいは今回のフォーマルな式には声をかけないか…そういうのにずいぶん気をつかうみたいですね。
今回の、そのクラスメイトにしても、だんだん招待客に関する話にズレていってしまったんですけど(それはぜいたくな悩みだなぁと私はかる~く言ってやりましたが;笑)。

だから、どうせ交通費に気をつかわざるをえない私ひとりを呼ぶ前に、誰か他に声をかけた方がいい人は抜けてないのかという、ある意味おせっかいな思いが先に立ちます。
それでも1枠あるんだったら、では遠慮なく行かせていただきますよって感じ、かな。

そんな、お互いに対して妙な申し訳なさが最初のうちは交錯した、結婚報告でした。
でもそうと決まれば…あとは、招待状が届くのを楽しみに待つのみ。

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ルーマニア

もちろん国の名前。
でも今年に入ってからは、以前「Togetherしようぜ!」で一世を風靡したあのタレントのファンを、このように呼ぶそうです。
この方、コトバにカンタンな英単語を混ぜた“ルー語”を話してることでも有名ですが、最近実は私も“ルー語”を使っていることがわかりました。

今春から職場の数人で定期的に勉強会をしていますが、そこではとある技術テーマについて書かれている外国の教科書を持ち回りで読み合わせするスタイルをとっています。
つまり英文の和訳が必要なのですが、もともと私があまり英語力のないことに加え、原文を無理やり日本語にするとかえってニュアンスがおかしくなることって、技術論文に限らずよくあることだと思うんですよ。
だから辞書引いて、う~んと感じたら、英単語をそのまま読んじゃうことにしてます。

しかし前回の勉強会で、書かれてた内容の理解が浅かった(けっこう調べつくしたんですが)せいか適切な和訳をあてはめられない箇所がいつもより多くなってしまいました。
まぁ仕方ないかとあきらめ、参加メンバーには
「すみません、ちょっと訳に自信がないんですが…」
と宣告して、読み合わせを開始。

それからしばらくして、ふと気づきました。
(これってもしかして“ルー語”?)
いったん思いをめぐらせてしまうと自分の訳がおもしろおかしく見えてくるから不思議。
技術用語の場合、英語の対訳が日本語にない場合ってめずらしくないので、これは避けられないのですけど、例えばそんなことも知らずに部屋の外から私の発言を聞かれてしまうと、日本語4:英語1くらいにしか聞こえないと思うなぁ。

…でもさすがに「レッドホワイト歌合戦」とは言いません(笑)。

そうそう、本人公認の変換サイトがありました…ズバリ「ルー語変換」。
http://lou5.jp/

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向けられた矛先

私はメーカーの研究開発部隊にいて、製品を直に扱う部署からは少々“遠い”。
その環境だからできることとは、現場から直近で求められる技術はもちろん、その少し先の技術を開発して、将来的な優位に立てるような付加価値を生み出すことだ。

なぁんて、ちょっとカタイ書き出しになってしまったが…。

企業は「今」がいちばん大事、
もちろん、永続的に発展していくにはその「少し先」も大事。
でも「今」にもし難局が横たわっているとしたら、それをクリアしなければ、その「少し先」がやってこない。
だからおそらく、重要度を相対評価したら「今」>その「少し先」であろう。

しかもたいてい、その「少し先」のための仕事をすることは先行投資、つまり現場から見ればコストを積極的に上げていることに他ならない。
だから(常にではないが)時として私たちは、現場に近いスタッフにほど邪魔者扱いされることがある。
―「今」の仕事が十分回っているのだからいいではないか。
私たちはその「少し先」の仕事のために…という言い分は、ここでかき消されがちだ。

そして、その「少し先」のための仕事をしている私たちは、もし「今」に問題を抱えている経営環境に直面したときは、比較的早い段階で切られることになる。
雇用を切られるところまではいかないが、ほぼ仕事が切られることを意味する。

きょうの会議で、まさにそんな話が上司からあった。
下手をすると、残り半年の開発費用が大きく削られるという。
次年度についても、雲行きが怪しくなってきたようだ。

お金が削られることは、十分な開発に取り組めないこと以前に、人を雇えないということを指すから、選択肢はふたつしかない。

[1] いわゆる“お金持ち”の部門から仕事をわけてもらう
[2] いわゆる“お金持ち”の部門に人を引き取ってもらう

[1]はどこかの下請け的な仕事をすることを意味し、[2]は配置転換が避けられないことを意味する。
最悪のシナリオは[1]、なぜなら今私たちが武器としている技術を生かせない可能性が出てくるからだ…その一方で、今春に異動の話をちらつかされた私個人にとっては、[2]の可能性も捨てきれない(今秋のタイミングではなくなったようである)。

ここはひとつ、上司にがんばってもらうしかない。
私たちに今できること、それは目の前で継続している開発案件に集中することだ。

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ハイリターン

昨夜テレビをつけっぱなしで寝てしまい、そのままお昼を迎えようとしていた私にとって、目覚まし代わりになったニュースが読まれました。

「まずは世界柔道。女子48kg級で谷亮子選手が見事金メダルを…」

(えっ、マジで!…っていうか今何時だよ)

正直、今回金メダルはちょっと厳しいんじゃないかなと思ってました。
2年のブランク明けでそこから世界レベルの勝負勘をホントにとり戻せるのかな、と。
選考を兼ねた春の大会では決勝で敗れたもののそれまでの実績を買われて今回の出場権を獲得しただけに、昔の絶対的な強さはもう影を潜めているのではないか、という感じも受けていたのです。

しかし、似たような思いをもった周囲からの雑音をよそに、誰もが最敬礼で迎えざるを得ない最高の結果を、日本に持って帰ってこられる…並大抵のことではないですよね。
おそらくは本番と位置づけている2008年北京五輪が、楽しみになってきました。

そして、私が気になっていた選手のひとりがやはり金メダルを獲得しました。
男子無差別級の、棟田康幸選手です。

実は開幕前のスポーツニュースで初めて知ったのですが、五輪には無差別の階級がないらしく、最重量は100kg超級だそうなんです。
その階級に今回出ているのは、井上康生、鈴木桂治両選手。
初日に登場したふたりが実力、知名度ともにエース級であり、棟田選手はどうしても3番手になってしまうし、今回無差別級にエントリーしたということは、100kg超級での五輪出場権(正確には代表枠ですね)を賭けた争いは彼らがリードしていることを間接的に示している、ともとれるわけです。

しかしフタを開けてみると、ご存知のように日本男子にとっては最大級の“逆風”。
すでに選手強化方法の見直しが示唆されていますが、4日間のアンカーとしてこの負の流れにひとりで立ち向かわなければならなかった…プレッシャーは相当のもののハズ。

そんな中での、オール1本勝ち金メダル。
階級とはうらはらに背丈の小さな選手ですが、ひときわ大きく見えました。

78kg超級での悔しさ(それでも銀メダルはスゴイんですよ、本当は)を無差別級で晴らした塚田真希選手も含め、3つのハイリターンがあった最終日。
さすがに今夜はテレビ観ました…録画ってわかってても(苦笑)。

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懐かしや

Dscf4228 今さらどうしてこんなに暑いんだ?と、涼を求めて入った売店。
そこでずいぶん昔の記憶に止まっていた飲み物を見つけました。
緑色でマイナーな炭酸飲料だったと思い出し、妙な親近感(笑)。

個人的にはあと「メローイエロー」「タブクリアー」あたりが“ツボ”かな…ご存知の方、いらっしゃいますか(笑)?

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ハイリスク

昼休みに会社のPCでYahoo!ニュースを見ていたら、トピックスに「康生、桂治 メダル逃す」の見出しが出ていました。

(あれ、今夜から4日間じゃなかったっけ?)

世界柔道のホームページを見ると、ほぼまる1日かけて予選から決勝を行うらしく、順当に勝ち進んでいけば20:00以降に決勝戦や3位決定戦が行われるようでした。
しかし問題はその開催地―ブラジル・リオデジャネイロ。
そう、日本と半日分の時差があるそうなのです。

テレビがゴールデンタイムでOAされるのでてっきり生中継かと早合点していたのですが、その12時間前にすべては終わっている、と。
まぁこれは開催地がどこなのかで決まる話ですし、また日本の選手が敗れてしまったのも勝負の世界だから仕方がない(疑わしい判定があったみたいですが、詳細をよく知らないのでその点の言及は避けますね)。

ただ…テレビ局の番組編成はずいぶんハイリスクだなぁとも思うわけです。

―柔道は日本のお家芸だから大方の選手は上位に進出するだろうという前提で、多少の時差があったとしてもそれはきっとメダルが確定しているということだろうから、もし先にそうした結果が速報で流されようとも、試合内容を知りたい人はきっとゴールデンタイムの録画放送も観てくれる―
そんな思惑がもしあったとしたら、最近の柔道が世界的にレベルアップを遂げていて実力さが縮まっていることには、目をつぶったのかなぁと。

もう少し、LIVE放送を入れてもよかったんじゃないかな?

…いやわかりますよ、それじゃOA観られる人が少ないからコンテンツとしての価値が下がっちゃうという懸念は…でも結果が思うように出ない可能性も想定しないと、今回のようにメダルを逃したとわかってて半日後の録画放送をチェックする人がどのくらいいるのか?

まぁそれでも、フタを開けてみたら案外視聴率がとれちゃうのかもしれませんが、情報の届き方がひと昔前より確実に速くなってることを考えると、そろそろ違った伝え方を考えてくれてもいいんじゃないかと思います。

でもまだ初日―いちばんの願いはそんなハイリスクを憂慮することなんて忘れてしまうくらいの、日本選手の活躍であることは言うまでもありません―ガンバレニッポン。

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エンドロール

前日に記事をアップしてから…うっかりした、と。
お昼のニュースで「そうそう、今日だったよな」と思い出したのに、失念していました。
米同時多発テロから、ちょうど6年たったんですね。

最初に映画の宣伝と勘違いしてしまったくらいの“ありえない”光景。
あの惨劇に対しての政治的見解は今でもいろいろありますが、約3,000人もの罪のない一般市民が突然人生を終えなくてはならなかった事実、これは間違いありません。

そう、終わりは突然やってくる。
このことを強く思い知ることとなった、クラスメイトとの別れからもひと月以上経ちました。

実は2週間前に私のところへ遊びに来てくれた友人こそ、告別式で送辞を読んだ、彼の大親友でした。
以前の記事でアップしましたが、メインはお互いのひいきチームを応援する野球観戦。
でもその夜は、彼の思い出話を延々2時間以上していたわけです。
それは決してしんみりしたものではなく、お互いに彼とどう向き合ってきたかがわかるようなエピソードがどんどん出てきました。

で、そうしたネタもだいぶ尽きてきたとき、じゃぁ彼がなくなったことをきっかけに今の自分について否応なく考えていたこと、そんな話になりました。
実質的に実家の家業を取り仕切るほどの成長を遂げていた彼を見て、同じく実家が自営業をしているその友人は、いろいろな意味でもう現実逃避は止めにしようと思ったという。

では、私のアタマに浮かんだこと…ここで冒頭の話になります。

なくなった彼は近年体調がよくなかったとはいえ、今回のように突然倒れてしまうようなことはこれまでになく、だからこそ余計に家族はショックを受けていたと聞いています。

一方、実家から600[km]以上離れたまったくゆかりのない地域に就職することを選んだとき、決してマジメではない雰囲気ではありましたが父親が
「もしオレやお母さんに万が一のことがあったとき、たぶんお前は最期を看取れないと思うけど、それくらいのことはわかってるよな」
と言われました。
大きな病気をしていないふたりですから幸いにもまだまだ非現実的な話ではありますが、私もそれくらいのことはわかっているつもりです。

しかし今回の件で、もうひとつわかったことがあります。
それは、父親から言われたことと逆の場合が、あり得るんだということ。

「もし自分に突然万が一のことがあっても、私の家族には最期を看取ってもらえない」

幸い私も健康体の身であり、フツーに考えればしばらくそんなことを心配する必要はないし、それ以前に親より先に向こうへ行ってしまうこと自体が最大の親不孝だろうとは思ってます。

しかし例えば、事故などの外的要因は突然やってくる。
自分ではどうしようもないことに出会ってしまったら、それこそ自分の人生のエンドロールを慌しく用意しなければならないわけです。
そんなわけないじゃないって思うでしょ―でもゼロって、言い切れるのか?

例えば私、通勤途中に事故に巻き込まれてしまったら、どうなるのだろう?

どういう措置をとったにせよ、まず最初に従業員証を見て会社に連絡がいくのだろう。
それを受けた上司が初めて、私の家族に伝えるにちがいない。
でも駆けつけてくれたときにすでに手遅れだったとする―家族はどうするんだろう?
私を地元まで連れて帰り、近しい人を集めようとするのだろうか?

もうこの先は「?」マークだらけの世界。

ちょと話が暗くなりかけましたが、そういう気分で書いてるわけではないんです。
ただちょっと冷静になってみると、そういうことがこの先ほんの僅かな可能性とはいえあり得ること、そしてもしそうなってしまったら最期ってひとりぼっちなのかぁということに、実はまったく気づいていなかったんですね。

そう、終わりは突然やってくる。

じゃだからどうなのという問いに対する明確な答えをまだ持ち合わせていませんが、なんとな~くで今を生きていたらいけないんだと、最近思えるようになりました。

あっ…別に生き急ぐつもりはないですよ、念のため。

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安易やなぁ

だから、そうじゃないんだって。

> 舛添要一厚生労働相は11日の閣議後記者会見で、一部事務職を割増賃金の
> 支払い対象から外す「日本版ホワイトカラー・エグゼンプション制度(WE)」について、
> 「名前を『家庭だんらん法』にしろと言ってある」と言い換えを指示したことを明らかに
> した。その上で、「残業代が出なければ、早く帰る動機付けになる」と評価、働き方の
> 改革の一環として取り組む考えを示した。
> WEは厚労省が先の通常国会での法制化を目指していたが、「残業代ゼロ制度」と
> 批判を浴び法案提出を見送った。 
>
>>> 「家庭だんらん法」に言い換え指示=「残業代ゼロ法」で舛添厚労相
>>> 2007/09/11 時事通信

前日アップした“ショック療法”とは逆に、法律名の印象をやわらかくして批判をかわそうということなんでしょうが、個人的にはひらがなが入ったことでかえって国民が甘く見られてるような感じを受けます。

「仕事の対価が時間で測れないから、成果で支払う」
この趣旨自体には、私は特に反対ではないです。
その芯はブラさない代わりに、残業代ゼロ制度として“悪用”されないための運用方法を、専門家の方々にはぜひ考えてほしいなぁと思います。
表のカンバンを架け替えたって、ダメですよ。

とはいえ日本の働き方が、職種を問わず時間で評価されているのもこれまた事実。
実は最近、私の勤務する工場で出退勤時刻の記録方法が変わり、サービス残業をつけにくくなる―より厳正な時間管理を徹底するシステムになりました。
そうなってからまだ間もないのですが、別の部署の同期の話では周囲の人の帰りがいくぶん早くなったとか。
評価する側と同じくらいに、評価される側の意識が変わることも、大事なことです。

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ショック療法

(1) ひとりぼっち横綱

巡業中にサッカーに興じていた行為に対して厳しい処分を下した“ショック療法”。
しかしすでにご承知の通り精神的ショックがキツすぎたらしく、謹慎どころか母国に帰らせてしまうという、ある意味で逆効果になってしまった。
秋場所が始まりましたが、ふたりの横綱が海を隔てて孤軍奮闘中(!?)

(2) 監督以前に父親である

現在パ・リーグ首位を走る北海道ファイターズの監督が今季限りでの退任を表明。
記者会見では本人の口から、家族の問題が理由であることを明かしたが、ペナントレース終盤の大事なときになぜ…一説には昨年の新庄引退に倣って選手の士気を高めようという“ショック療法”の効果を狙ったのではとのウワサ。
その後チームは1勝2敗、今後の動向に注目したい(ただしファイターズを追いかけているホークスのファンとしては、逆効果に作用してほしいのが本音;苦笑)。

(3) 今さらながら「職を賭す」

> 安倍晋三首相は9日午後、シドニー市内のホテルで記者会見し、インド洋での
> 海上自衛隊の給油活動の継続問題で、「民主党をはじめ野党の理解を得るため、
> 職を賭して取り組んでいく。職責にしがみつくということはない」と述べた。活動継続に
> 反対する民主党など野党との調整が失敗に終わり、「海自撤退」という事態に
> なれば、責任をとって退陣する考えを示したものだ。

ねじれ国会に臨む直前、敵にも味方にも関係なく“ショック療法”効果を狙った?
でも何だか、それを言うべき最も適切なタイミングをすでに逸してしまったような―。
このコトバ流行語大賞(政治部門)にノミネートする予感がするなぁ…結末がどうであれ。

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旧・9/15

今では9月第3月曜日、でしたよね。
学生の頃の方がちゃんとプレゼントをあげてたので4年ぶりくらいになるんですが、この夏ふと思うところがありまして、今年からまた“復活”させようと。

で、外出ついでに何軒か見てきたんですが…何をあげたらいいのかわからん(笑)。

母の日や父の日のときって、どこのお店でも大々的にコーナーを設けている印象があるので、きっと敬老の日もおんなじようにカンタンにセレクトできると思ってたんですが、意外としっくりくるものがない。
例えば“夫婦もの”(茶碗とか)―以前の記事で書きましたが父方・母方ともに祖父が他界しているのでこれはNG。
あと衣料ってセンスが問われる気がして(考えすぎ?)、なかなか踏み切れず。
それ以外を見てると、どれもこんなの昔あげなかったっけっていうものばかり(に、見えるだけ…たぶんそんなに多くの種類をあげた覚えはないのに、なんとなくそう見える)。

毎年あげてるという祖父母想いの方がいらっしゃいましたら、教えてくださいな。

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今これを書きながらWebでいろいろ見ていたんですが、バスケットアレンジメントなんかよさそうだなぁ―あと1週間。

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グリーンシーズン

Dscf4108 夏休みに東北方面へ出かけたときに使ったきっぷ。
5回分セットのうち1回分余ってたまま月をまたいでいました。
今月10日までが使用期限だったので、さぁどうしよう、というところから始まり…標高765mの地点にやってきました。

Dscf4109 新幹線で上京するときにいつも進行方向左側の車窓を彩っていた山ですが、高さを知らないままのほほんとやってきました。
ここから先をゴンドラとはおさらばし、無謀にも1377mの山頂まで残り行程を自分の足で登ってやろうということです。

Dscf4141_2 同じ斜面を下から見上げたときと、上から見下ろしたときではどうしてこうも印象が違うのか不思議…明らかに後者の方が勾配がキツく見えるのは私だけでしょうか?
ずいぶん行ってないスキー場での感覚と、似てる気がする。

Dscf4132 真下に写ってる場所が1つ前の写真とほぼ同じですが、こちらはもう少し上から(7合目と8合目の間?)からキャッチしました。
一方でこのころが疲れのピーク、しかも足場がだんだん悪いというか、ごつい石ころが多くなって歩きづらかった…。

Dscf4114 3合目からここまでおよそ80分、履き物さえちゃんと動けるものにしておけば、休み休みでたどり着ける山でした―ちなみに日本百名山を標高順に並べると、下から3番目になります。
しかし衝撃の事実―山頂に、こんなに登ってたんかなぁというくらいの人…確認してみたら、8合目相当の高さまでドライブウェイが接続してたらしく、そこから40分足らずでカンタンに登ってこられたのでした。

Dscf4119 もし事前にわかってたら汗だくで登ることを選ばなかったはずで、このささやかな達成感も知らぬままだったでしょう。
厚い雲がすぐ近くになるの高さまでやってきたわけですが、その下に見えているのは海ではなく湖…やっぱデカイんだなぁ。

Dscf4154 ←記念に、山頂のお店でもらってきました。

(あれ、日付が…ずれてる?)
そうここまで、すべて先週末のお話でした。

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全国ネットの限界

今週後半、主に東海地方から東の地域で猛威をふるった台風9号。
昨晩に首都圏が暴風域に入ったことと、海洋から関東に直撃するルートがひさびさだったせいか、きょうの午前中のニュースはこの話題で一色だったようです。

“だったようです”と記したのは、今回の台風は近畿地方から西の地域ではほぼ影響を受けなかったためです。
でもニュースはしっかりと届いていました、首都圏とほぼ同等の情報量が。

で、何が言いたいのかといいますと(笑)、全国ネット放送って実はもう限界なんじゃないかなぁと如実に思ってしまったんです。

日本にやってくる台風は、その多くが西日本、特に九州・沖縄地区に強い勢力で甚大な被害をもたらしたあと、上陸して勢力が衰えながら東上するケースが多いですよね。
そのときの台風情報の扱いと、今回のように首都圏を直撃したの台風情報の扱い。
仮に前者の方が規模が大きい場合でも、おそらく後者の方が大々的にとりあげられているのではないでしょうか?

関東を出てみてわかったことですが、ニュース全体の枠のうち、「全国のニュース」と「各地のニュース」の割合はたいてい前者の方が長くとられています。
でも「全国のニュース」って、名前はそうであっても東京で起きた出来事がどうしても中心になりやすい。
人が多いわけですからいろいろなトピックがあるだろうし、国の政治のように全国を代表して行われていることが東京が舞台になっていればそれも致し方ない。
ただ、中には「あれっ、これって関東ローカルのニュースじゃないの?」って思うネタが混ざってるときがあって…全国かローカルかの線引きが、少なくともキー局のある関東地方ではあいまいになっちゃうのではないかなぁと思います。

娯楽のコンテンツが全国ネットなのはともかく、もし「全国のニュース」と「各地のニュース」に無理やりカテゴライズした結果、それぞれの地域の関心事にマッチしないニュースを流さざるを得ないとすれば、そういう枠組みをもっと柔軟にした方がいいんじゃないかなと。

例えば、今回の台風報道。
関東地方の各地の被害について流すことには異論がないんですよ。
親族や知人の安否を気遣う方々は全国にいくらでもいるでしょうから。
ただ交通情報は、新幹線や航空のように広範囲に影響するものはともかく、山手線や各私鉄の運行情報を関東地方以外でニーズがどの程度あるかなぁって。

その点、情報を取捨選択できるインターネット上のニュースは合理的だと思いました。

『ローカルニュースは全国(≒東京)ニュースの次、つまり2番手』
この感覚は、そろそろやめた方がいいのでは。

中央と地方のさまざまな“格差”だって、もしかするとこういう潜在的な意識がそうさせてるのかもしれないのに―ちょっと大げさかな?

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39.5%

私も、待ってる派です。

> 博報堂DYメディアパートナーズが9月5日に公開した「地上デジタル放送浸透度調査」
> によると、地上デジタル放送をすでに見ている人が29.3%と3割近くに達した一方で、
> 「放送が地デジに完全に切り替わる2011年まで待つ」と答えた人が前年より増え、
> 39.5%となった。
>
> 調査は首都圏・京阪神の20~59歳の641人に対して、ネット上で行った。
>
> 地上デジタル放送対応テレビの所有率は前年よりも11.3ポイント増えて35.3%。
> うち8割がチューナー内蔵型だった。
>
> 地デジをすでに見ている人は前年より13ポイント増えて29.3%。「居住地域が
> 放送エリアに入ればすぐに見たい」人は7.8%と前回より5.9ポイント減、
> 「放送エリアに入って1~3年以内に見たい」人は4.4ポイント減って14.7%。
> 「完全にデジタル放送に切り替わるまで待つ」と答えた人は3.7ポイント増えて
> 39.5%となった。
>
> ワンセグ機能付き携帯電話所有率は、前年の3.2%から13.7%に急増。
> 男女別では男性が16.8%、女性が10.4%だった。
>
> 地上デジタル放送という言葉を「聞いたことがない」と答えた人はゼロ。
> 調査を開始した2003年7月以来、認知率が初めて100%となった。
>
>>> 地デジ「2011年まで待つ」が4割 「見ている」は3割
>>> 2007/09/06 ITmediaニュース

気がつけば、完全移行まであと4年しかないんですね。
だからこその二極化なのでしょう―この調査結果にはナットクできます。

私の記憶では、地上デジタル放送を「地デジ」と略して呼ぶようになったきっかけは、FMVのCMで木村拓哉と共演した石田純一のセリフではなかったかという気がします。
いくらなんでもその略し方はないだろと最初は思ってましたが、他の略し方の候補がなかったこともあったせいか、またたく間に定着した感があります。
だからこその、認知度100%なのかな。

父親の単身赴任道具を譲ってもらったテレビデオには、もう少しがんばってもらいます。

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エンジニアのはしくれとして

なかなか、考えさせられますな…。

> 米グーグルでは食事がタダに。米マイクロソフトではソフトドリンクが飲み放題。
> そのほか、米国のIT企業の多くでソフトウェア開発者は全員、個室を与えられている
> ――こんなこと、日本の企業であるだろうか?
>
> (中略)
>
> 部下のアウトプットや生産性のチェックに真剣になれなければ、エンジニア一人ひとり
> に個室を割り当てたり、うまいメシを食わせて効率よく仕事をしてもらおうなどという
> 発想には、なかなか行きつかないものである。
>
> 「ピープルウエア」(日経BP社)の著者、トム・デマルコ氏は「適切な作業環境(電話を
> 転送したり、あるいは電話の呼び出し音を消したり、作業スペースの個室のドアを
> 閉めることができ、不要な“割り込み”をシャットアウトできる環境)で働くプログラマー
> の生産性は、普通のオフィス環境下にあるプログラマーより2.6倍も高い」と言う。
>
> ソフトウェアエンジニアの生産性の良しあしというのは、ほかの業種のそれに比べる
> と大きな差がある。マイクロソフト会長のビル・ゲイツ氏は、優秀なエンジニアは普通
> のエンジニアの100倍の生産性を誇ると言っていたという。ほかにも、デマルコ氏を
> 含め、米国の多くの著名なソフトウェア工学者が、優秀なエンジニアの生産性は
> 「(通常の)10倍以上になる」と言っている。
>
> (中略)
>
> ここで、個室を割り当てずにオフィスコストを抑え、採用と開発の担当マネジャーに
> 無頓着な人材を配置しているA社と、エンジニアの能力を最大限引き出せるように
> オフィスを設計し、有能な担当マネジャーをそろえているB社で、アウトプットを
> 計算して比較してみたい。
>
> デマルコ氏の生産性を単純に換算すると、A社における一人当たりの生産性を1とした
> 場合、B社のそれは、
>   2.6(オフィス効率)×10(優秀なエンジニアの能率)=26
> となる。
>
> これを100万行のコードから成るソフトウェアの開発で例えてみる。A社の
> エンジニアが年間5万行しか書けないと仮定すると、1年の開発期間で製品を出荷する
> 場合、開発人員は20人必要になる。
>
> 一方、B社の場合、1人のエンジニアだけで
>   5万行(A社における1人の生産能力)×26=130万行
> のコードを書けることになる。つまり計算上、B社で同じソフトウェアを開発する
> のに必要な要員はわずか1人ということになる。
>
> もちろん、これはあくまでも数字上の合理性であり、実際に作業はそううまくは
> 進まないだろう。しかし、経験豊富なソフトウェア開発のマネジャーであれば、それは
> あながち間違いではないと考えるのではないだろうか。なぜなら、チームの人数が
> 少なければ少ないほど、ソフトウェア開発が効率的に進むことを知っているからである。
>
> (中略)
>
> 優秀な人材を採用して高待遇で会社により長く引き留めるというのが、世界で
> 一流といわれるソフトウェア会社のスタンダードになりつつある。今後は、中国や
> インドの企業もそのスタンダードを採用するだろう。
>
> そのような世界で勝ち残るためには、日本の企業もエンジニアの採用を考え、生産
> 効率を高められる環境を与えるように努力しなければならなくなるはずだ。もちろん、
> エンジニア自身も十把ひとからげ的な効率向上を目指すのではなく、他人の10倍、
> 20倍もの成果を挙げられるスキルを身に付けるべきである。そうでなければ、数年後
> には、低賃金でありながらも高い能力を発揮する新興国のエンジニアに職を奪われ
> かねないのだ。
>
>>> 「作業環境を改善せよ さもなくば日本のエンジニアは壊滅する!」
>>> (2007/09/05)ITmediaエンタープライズ

私も少しだけソフトウェアのプログラムをいじったことがあり、そのときにひとりひとりの効率がひどく開発スピードに影響することを、痛いくらいに思い知った。

と同時に、ハードウェアをつくり変えることに比べればソフトウェアを入れ替えることなんてラクなもんでしょ――という勘違いが蔓延していることが、ひどく恐ろしい。
ひとつの機能をちょこっと変えるだけでも、モノによっては改修が多岐にわたることがある(もちろん、プログラムの構造に問題がある場合も少なくはないが)

パソコン上で作業環境がインストールされてれば、どこでも中身をささっと直せるよね…というのは、ホントに大間違い。
作業効率を上げたいのであれば、やはりそれなりの環境整備が要る。
まぁ上の例は極端すぎる部分もあるけど、問題の本質は十分捉えている。

ちなみに、ここに出てくるエンジニアっておそらく、世間一般に言われるシステムエンジニア(ほぼプログラマーとイコールで考えられている)だと思われるが、この肩書きは定義がものすごくあいまいだ。

ソフトウェア開発に従事している人間だけがシステムエンジニアではない。
そもそも「システム」というものは、今の世の中どんな仕組みにもついて回る。
単独で存在価値があるものを探すほうが難しいからである。

実は私を含め、技術者の大半がシステムエンジニアなのではないかと思っている。
だからここで述べられていた“日本のエンジニア壊滅論”は、他人事ではない。

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あっ、別に今の待遇に不満があるからこんなこと書いてるわけじゃないっす~(慌)。

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身のかわし方

ある意味、プレゼンテーションのお手本かもしれません。

> (この前は略)
>
> 代表質問と答弁が、かみ合わない傾向は以前からあった。
> 国会の形がい化を象徴するものだが、
> この日の質疑でも多くの論点ですれ違いが浮き彫りになった。
>
> たとえば、消費税について「参院選が終われば上げるつもりではないか」
> と迫る、民主党の松本剛明政調会長に対し、首相は「消費税は税制の抜本的、
> 一体的な改革の中で議論する」などと二度、三度と同じ答えで応じるだけ。
> その行方に関心をもつ国民には、もどかしさしか残らなかっただろう。
>
> 鳩山由紀夫幹事長への答弁も、踏み込みが足りない内容で終始した印象だ。
>
> 格差是正への具対策を聞かれ、フリーターなどの雇用増に触れたが、
> 正規雇用につなぐ道筋は見えない。歴史認識を問われても
> 「政治家が歴史について語るのは謙虚であるべき」と、かわしている。
>
> この調子で、これからの活発な論議が期待できるだろうか。
> 首相が「初の戦後生まれ」と若さを強調するなら、当たり障りのない答弁を脱し、
> もっと実のある国会審議へ先頭に立つべきだろう。
>
> (この後は略)
>
>>> 神戸新聞 社説「代表質問/踏み込み足りぬ首相答弁」(2006/10/03)

どういうことかというと、質問に対する回答のしかた。

きょうは農相交代を受けてのコメントを記者から求められていたのですが、何て言ってたんだっけな…あまり耳に残らないんですよね。
というのも、たぶんこの質問じゃなくて別の問いかけだったとしてもたぶん同じ答え方をするんだろうなっていう内容だったから。

物事をハッキリ言ってあげあしをとられたくないのか、はたまたホントに言うことがなくて困ってるのかわかりませんが、最近では国民をバカにしてるのかという思いすら通り越して、ちょっと笑えてきました。

そっか…こうやって質問のポイントを外すのかぁ、って、感心してしまいますよ。

記者さんも大変ですよね、あれじゃ。
よく「□□□は『△△△』と述べ、○○○であるとの考えを示した」なんていうニュース、あるじゃないですか。
素人考えでは、パッと聞いただけでは婉曲な発言から、そこにどういう意図が含まれているのかを何とかして引き出そうとしてるのではないかと思うんですよね。
でも毎回同じ回答されちゃ…ムリでしょ(苦笑)。

今、ふと思い出しました。
どの新聞だったか忘れましたが、年頭に年末を予想するクイズを載せていて、その中に政治ネタとして必ず「今年の12月31日現在、首相は誰か」という出題があったのを。
前首相は近年まれに見る在任期間だったので、もしかするとそのもっと前の時代かな―きっと難問だったでしょうから。

今年も残り4ヶ月を切りましたが…この予想クイズ、数年ぶりの難問に化けるかも。

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September

夏の短い地域を除けば、大半の小・中・高校生は明日から授業が始まるのでしょうね。
きらびやかな思い出がなくとも(苦笑)、カレンダーをめくらないといけませんね。

> 波打つ夕立のプール しぶきを上げて
> いちばん素敵な季